« 新潟下町(しもまち)をあるく~願随寺~(6) | トップページ | 新潟下町(しもまち)をあるく~入船地蔵尊~(8) »

2013年3月19日 (火)

新潟下町(しもまち)をあるく~開運稲荷神社~(7)

  願随寺の裏手にでると砂丘地の地形になり、海岸に向かい緩やかな傾斜地に、栄小学校や住宅地などがびっしり建てられ、その先は海岸の松林になっています。
  そんな住宅地の中の小路を歩いていくと、開運稲荷神社が現れます。

Photo

Photo_2

  この神社は1649年(慶安2)ころ長岡藩が関屋に藩の米倉をつくったときに、鎮護のために稲荷さまを祀ったのがはじまりだと言われています。
  その後米倉は学校町に移り、開運稲荷大明神と改められました。
  明治7年には米倉は撤去されましたので、一時的に古町十一番町の、秋葉神社に移されました。
  今の場所に移築されたのは1878年(明治10)です。
  このお宮は場所柄、漁師や娼妓のお参りが多かったようです。
  参道には左右一対の「こんこん樣」と言われる狐の石像があります。

Photo_3

Photo_4

  この像は明治の始めころに、出雲国(島根県)の回船が積んできた出雲石を、狐の像にして奉納したと言わてています。両足をなでた手を額にあてるとご利益があるそうです。

« 新潟下町(しもまち)をあるく~願随寺~(6) | トップページ | 新潟下町(しもまち)をあるく~入船地蔵尊~(8) »

まち歩き」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/166785/56990612

この記事へのトラックバック一覧です: 新潟下町(しもまち)をあるく~開運稲荷神社~(7):

« 新潟下町(しもまち)をあるく~願随寺~(6) | トップページ | 新潟下町(しもまち)をあるく~入船地蔵尊~(8) »