経済・政治・国際

2007年6月 6日 (水)

消えた年金記録問題(斜視)

消えた年金問題がマスコミの報道姿勢もあって、国民の不満・不信を煽り立てている。
野党各党は参院選を目前に格好な攻撃材料を見つけたとばかり、口をあければこの問題で持ちきりである。

注目すべきは、社保庁と全日本自治団体労働組合(自治労)が、労働条件向上を優先する覚書などを何度も交わしていることである。

自治労は民主党や社民党の有力支持団体社保である。庁労使のゆがんだ体質が、年金加入者軽視につながり、国民の老後を不安に突き落としたのではないのか?。
                                                         
社保庁労組は自分たちの労働環境や条件が最優先で、年金加入者へのサービスは二の次だったのではないのか。

かつての三公社五現業(三公社五現業 - 日本国有鉄道、日本専売公社、日本電信電話公社の3つの公社と郵政、国有林野、印刷(日本銀行券や郵便はがき等の印刷の事業)、造幣、アルコール専売の5つの事業)の労組のさぼり(サボタージュ)体質が組織を崩壊させたといわれている。

国鉄労使がヤミ協定を結び、労働密度をスカスカにしていたのとそっくりだ。これだから国民の大切な年金記録をいい加減に扱っていたのだろう。

野党各党はこの問題をないがしろにして、政府ばかり追及し、与党側も防戦一方でだらしがない。

自治労側の徹底抗戦で作業スケジュールが遅れた。このため、年金記録消失の一因や、大量の入力ミスが発生したという見方は正論である。

社保庁は幹部も労組も両方悪いのだ。

参院選まで2カ月を切り、野党各党は鬼の首を取ったように政府与党を攻撃している。現在の政府与党に責任があることは間違いないが、大切なのは国民の不安を一刻も早く解消することだ。

野党側にも責任のあるこの問題を政争の具にしてはならない。

2007年5月14日 (月)

自動車税納付

自動車税を近くの郵便局で納付してきた。34,500円也。
毎年のことながら車の税金について考えさせられる。

自動車にかかる税にはどんなものがあるのだろうか。

地方税の自動車取得税・自動車税・軽自動車税と、国税の自動車重量税、それに消費税などいろいろあるのだが、一般的に関心が薄いのではなかろうか。

これらの税金は、

○ 取得したとき
 自動車取得税(地方税)
 自動車税(地方税)
 自動車重量税(国税)
 消費税(国税)
 地方消費税(地方税) 

○ 所有しているとき
 自動車税(地方税)
 軽自動車税(区市町村税)
 車検のとき 自動車重量税(国税)

こんなに多くの税金を払っても車を所有しなければならないのが悔しい。
インフラ整備の遅れている地方在住者にとって、車は必需品であるが、これを払わないと車を手放さなければならない仕組みになっている。最も取りやすいのが税なのだ。

ところが昨今話題になっているが、自動車税の一般財源化問題だ。                   
自動車税が道路建設などの特定財源であるという原則を
変えようというのだ。

私たちが、インフラ整備のため納めた財源を、一般の税金と同じように使いたいというのだからおかしな話だ。

この一般財源化を自動車税の納税者の方はどう思っているのだろうか。

2007年4月23日 (月)

2008サミット開催地は北海道洞爺湖町

今日夕刻、政府は開催地に北海道洞爺湖町(ザ・ウィンザーホテル洞爺)を決定したと発表した。

私の予感が的中した。

サミット開催地に立候補していたのは、北海道のほか

▽横浜市、新潟県市… 「開港都市」
▽大阪、京都、兵庫3府県…「関西」
▽岡山、香川両県…  「瀬戸内」

とサミット名をと命名して、首脳会議と閣僚会議のセット誘致を目指していた。

こうした中、安倍晋三首相は自然に恵まれた同町が最適と判断したとしているが、大都市に比べ警備がしやすいことが最大の決め手となったとされている。
 
各国首脳の安全確保を最優先する立場からすれば、やむをえない面もあるが、横浜・新潟が連携して誘致に取組んできた点からすれば残念な結果に終わった。

この経験は無駄に終わらせることなく、今後に生かすことを考えなければならない。

2007年4月 6日 (金)

土台人(どだいにん)

また新たな拉致事件容疑が明らかになり警察が捜査に乗り出した。
1973年東京都内で渡辺秀子さんという女性と6歳の長女、3歳の長男が行方不明になった件で、子ども2人が北朝鮮に拉致されていたらしいというのだ。

現在、日本政府が認定した拉致被害者は17人だとしている。
今回の拉致事件は、今までの事件とはちょっと性格が異なる。それは2人の子どもの国籍が朝鮮籍であることだ。渡辺さんの夫が在日朝鮮人で北朝鮮工作員だったらしい。

拉致事件で忘れられないのは、横田めぐみさん事件だ。

昭和52年11月15日、当時新潟の中学生であった横田めぐみ(13歳)さんが、下校途中行方不明になった。わが家の長女と同年代の彼女の行方不明事件は衝撃的であった。

警察や関係者の懸命の捜査(捜索)にもかかわらず、未解決のまま月日が過ぎた。ご両親の長い苦悩の日々が始まり、その心中は察するに余りある。
                                                                     
この事件が拉致事件だと断定されたのは、事件から27年を経た平成16年で、日朝協議通じて明らかになったのである。北朝鮮の発表によれば横田さんは北朝鮮で結婚し、1児を出産したが平成6年入院先の病院で自殺したと報じた。
新潟県では蓮池薫さん夫妻・曾我ひとみさん親子など拉致事件の被害者が多い。

拉致事件で重要な役割を果たしているのが、土台人の存在だ。

北朝鮮工作員は、北朝鮮出身か北朝鮮に親族が暮らす在日韓国・
朝鮮人の中から対象者を選定、親族の身の安全と引替えに任務を

強要、協力者に仕立て上げる。この取り込まれた人々が土台人で
ある。

 その主な任務は

(1)工作員へのアジトの提供

(2)拉致対象の選定

(3)工作員の密入国の手助け

 ・・・など。

土台人はある意味で被害者なのだが、その弱みに付け込まれて任務を強要される。非常に卑劣極まりないやり口なのだ。
                      
思い起こせば、在日朝鮮人帰国業務が始まったのは昭和34年12月である。

楽園の国、北朝鮮での生活を夢見、新潟西港中央埠頭から満員の帰国者を乗せて出航したマンジョンボウ号を忘れることができない。

当時の「在日朝鮮人総連合会」や、わが国の革新勢力からは、戦後わが国の政策(岸信介首相)の中で最大の善政と持ち上げていたのだが…
帰国後の北朝鮮での生活実態は悲惨そのものだとされ、今も続いている。

拉致の実行については、以下のような手口が報じられている。

新潟県などの日本海沿岸や鹿児島県などの太平洋岸に工作員を密かに上陸させ、付近をたまたま通りがかった若者などを暴力を用いて拉致する。
また、日本国内に潜入している工作員が目ぼしいターゲットを決めて接近し、言葉巧みに誘い出し、誘拐する。
海外にいる日本人に仕事の紹介をするとして、北朝鮮に誘拐する。ただし入国までは本人の同意を取り付けていると考えられる。
工作員が日本沿岸での工作活動中に目撃されたと思い、目撃者を強引に拉致する。

これらの拉致事件に、土台人が深く関わっていることは十分に疑うに足りるものだ。